あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい」




親愛なる友人である若者の皆さん

 深い喜びと愛情を込めて皆さんにごあいさつ申し上げます。皆さんの多くは、よりいっそう「イエス・キリストに根を下ろして造り上げられ、信仰をしっかり守り」(コロサイ2・7参照)、ワールドユースデー・マドリード大会から戻られたことでしょう。わたしたちは今年、「主においてつねに喜びなさい」(フィリピ4・4)というテーマのもとに、キリスト者であることの喜びを教区で祝いました。そして今、2013年7月にブラジルで行われる次のワールドユースデー・リオデジャネイロ大会に向けて準備を進めています。
 わたしは、何よりもまず、この重要な大会に参加するよう皆さんに改めてお願いします。ブラジルの美しい街を見下ろすあのあがない主キリストの像が、わたしたちにとって、多くを物語るしるしとなるでしょう。キリストの開かれた両腕は、ご自分のもとに来るすべての人を迎え入れたいという願いを表し、その心は皆さん一人ひとりに対するキリストのはかりしれない愛のしるしとなります。キリストに引き寄せていただきましょう。次のワールドユースデーのためにリオに集まる他のすべての青年とともに、この出会いを体験しましょう。キリストの愛を受け入れてください。そうすれば、皆さんはこの世界に欠かせないあかし人となります。
 ワールドユースデー・リオデジャネイロ大会のテーマ、「あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい」(マタイ28・19参照)について今から考え、大会に備えるようお願いします。これは、キリストが全教会に与えた宣教という大いなる命令です。そして、二千年経った今日もなお、それは必要とされています。この命令を心の中で力強く響かせなければなりません。リオ大会に備える一年は、信仰年と重なります。信仰年は、「キリスト教信仰を伝えるための新しい福音宣教」をテーマとする世界代表司教会議(シノドス)から始まりました。親愛なる若者の皆さん、教会全体のこうした宣教活動に皆さんも参加することをうれしく思います。キリストを知らせることは、他者に与えることのできるもっとも大切な贈り物なのです。
1.力強い呼びかけ
 歴史を見ると、いかに多くの若者が、自らを惜しげなくささげ、福音を告げ知らせることによって、神の国とこの世の発展のために多大な貢献をしてきたかが分かります。彼らは、情熱をもって、キリストのうちに表された神の愛についてのよい知らせを伝えました。彼らは、現代よりもはるかに劣る、当時、利用可能であった方法や手段を用いました。その一人である福者ジョゼー・デ・アンシエッタに、わたしは思いをはせます。彼は、16世紀の若いスペイン人イエズス会士で、20歳になる前にブラジルに宣教師として渡り、新世界の偉大な使徒となりました。一方、わたしは、皆さんの中で教会の使命のために惜しみなく尽くしている人にも思いを寄せます。マドリード大会で、とりわけボランティアの皆さんとの集いにおいて、わたしはその素晴らしいあかしを目の当たりにしました。
 今日、数多くの若者が、人生は何かよいものだろうかと真剣に問いかけ、なかなか自分の道を見つけられずにいます。それでも、ほとんどの若者が現代の問題に目を向け、「わたしに何かできることはあるだろうか」と自らに問いかけています。この暗闇を照らすのは信仰の光です。それは、あらゆる人間のいのちが、かけがえのないものであることを理解するのを助けます。なぜなら、わたしたち一人ひとりが神の愛の実りだからです。神はすべての人を愛します。ご自分から遠ざかった人や、ご自分を忘れてしまった人をも愛します。神は忍耐強く待ちます。神はまさに、わたしたちを悪から根本的に解き放つために、死んで復活した御子をお与えになったのです。キリストは、救いと新しいいのちについてのこの喜びの知らせを、すべての人に至るところで伝えるために弟子たちを遣わしました。
 この福音宣教という使命を継続するにあたり、教会は皆さんにも期待しています。親愛なる若者の皆さん。皆さんは、同世代の仲間の中で先駆けとなる宣教者です。今年、50周年を迎える第二バチカン公会議の終わりに、神のしもべパウロ六世は、世界の若者にメッセージを送り、その冒頭に記しました。「全世界の青年男女に、公会議は最後のメッセージを送りたいと思います。なぜなら、諸君こそ、先輩によってかかげられた燈火を受け取って、歴史上最大の変革を遂げつつある現代社会に生きていこうとするからです。諸君は両親や教師の最良の模範と教訓とを受け取って明日の社会を形作り、その社会とともに諸君の明日の浮沈をかけているからです」そして、次のことばで締めくくりました。「先輩の作った世界よりも、もっと優れた世界を熱心に建設してください」(「青年たちに」、1965年12月8日[浜寛五郎訳、『第二バチカン公会議解説 第6巻 歴史に輝く教会』、「現代人におくる第二バチカン公会議のメッセージ」中央出版社])。
 親愛なる友人の皆さん。この招きは現代にも当てはまります。わたしたちは、歴史の中の非常に特別な時代に生きています。技術の進歩は、人や国家間の交流にいまだかつてないほどの可能性をもたらしました。しかし、こうした関係のグローバル化は、それが物質主義ではなく愛に基づいている場合にのみ、建設的なものとなり、世界が人間性において発展するのを助けます。愛だけが心を満たし、人々を結びつけることができます。神は愛です。神を忘れるとき、わたしたちは希望を失い、他者を愛せなくなります。だからこそ、神が現存することをあかしし、他者がそれを体験できるようにする必要があるのです。人類、そしてわたしたち一人ひとりが救われるかどうかは、このことにかかっています。そのことを理解する人は、聖パウロとともに叫ばずにはいられません。「福音を告げ知らせないなら、わたしは不幸なのです」(一コリント9・16)。
2.キリストの弟子になりなさい
 皆さんに宣教を呼びかける理由は、もう一つあります。それは、宣教は皆さん自身の信仰の旅に必要だからです。福者ヨハネ・パウロ二世が記したように、「信仰は、他者に伝えられるときに強められます」(回勅『救い主の使命』2)。福音を告げ知らせるとき、皆さん自身もキリストにより深く根を下ろし、キリスト者として成熟することにより成長します。宣教のために尽くすことは信仰の本質的な側面です。もし、福音をのべ伝えないなら、わたしたちは真の信者ではありえません。福音の告知は、キリストと出会い、自らの生涯を築き上げる土台をキリストのうちに見いだす喜びの結果以外の何ものでもありません。他者に奉仕し福音を告げ知らせるとき、多くの活動によって分散しがちな皆さんの生活が、主のうちに一致を見いだします。皆さんも、自らを築き上げ、人間として成長し、成熟していくのです。
  宣教者であるとは、何を意味するのでしょうか。それは、何よりもまず、キリストの弟子であることを意味します。そして、キリストに従い、キリストに目を向けなさいという招きに絶えず耳を傾けることを意味するのです。「わたしは柔和で謙遜な者だから、……わたしに学びなさい」(マタイ11・29)。弟子とは、イエスのことばに聴き入る人(ルカ10・39参照)であり、また、イエスがご自分のいのちを与えるほどにわたしたちを愛する先生であることを認める人です。ですから、皆さん一人ひとりが、日々、みことばに自分自身を造り上げていただくべきです。そうすれば、皆さんは主イエスの友となり、他の若者をイエスとの友情へと導くことができるでしょう。
  神から受けたたまものについて考えてください。そうすれば、今度はそれを他の人々に伝えることができるでしょう。自分のこれまでの人生を顧みることを学んでください。前の世代から受け継いだすばらしい遺産に気づいてください。非常に多くの信仰深い人々が、試練や無理解に直面しながらも、勇気をもって信仰を伝えてきました。信仰の真理を伝えてきた人々、そして他者への伝達をわたしたちに託している人々と、わたしたちが大きなきずなで結ばれていることを決して忘れないようにしましょう。宣教者であることは、教会の信仰というこの遺産を知ることを前提とします。信仰を伝えるためには、自分の信仰について知る必要があります。ワールドユースデー・マドリード大会で手渡した若者のためのカテキズム『YOUCAT』の前書きに、わたしは次のように記しました。「皆さんは、自分が何を信じているのかを知らなければなりません。ITの専門家がコンピューター内部の仕組みを知るのと同じくらい正確に、自分の信仰について知る必要があります。優れた音楽家が自分の演奏している作品を理解するのと同じように、自分の信仰を理解しなければなりません。そうです。現代が抱える問題や誘惑に力強く決然と挑むためにも、皆さんは親の世代よりももっと深く信仰に根ざさなければならないのです。」
3.行きなさい
 「全世界に行って、すべての造られたものに福音をのべ伝えなさい。信じて洗礼を受ける者は救われる」(マルコ16・15-16)。イエスはこの命令をもって、弟子たちを宣教に遣わしました。福音宣教は、救いのよい知らせを他者に伝えること、そして、そのよい知らせとはイエス・キリストというかたであると知らせることを意味します。キリストと出会い、自分がいかに神に愛され、救われているかに気づくとき、わたしは神を他者に知らせたいという望みだけでなく、その必要も感じ始めます。ヨハネによる福音書の初めには、アンデレがイエスと出会った直後に、その兄弟シモンを連れてくるために走って行った様子が記されています(ヨハネ1・40-42参照)。福音宣教は、つねに主イエスとの出会いから始まります。イエスのところに来て彼の愛を体験した人は、その出会いのすばらしさとイエスとの友情から生じる喜びを、すぐにでも分かち合いたいと望みます。キリストを知れば知るほど、キリストについて語りたくなります。キリストと会話すればするほど、キリストについて語りたくなります。キリストに魅了されればされるほど、他の人をキリストに引き合わせたくなるのです。
 聖霊は、新しいいのちをもたらす洗礼を通してわたしたちのうちにとどまり、心と気力を燃え立たせます。聖霊は、神を知り、キリストとの友情を深める方法をわたしたちに示します。よい行いをし、他者に奉仕し、自らをささげるよう、わたしたちを促すのは、聖霊にほかなりません。堅信の秘跡を通して、わたしたちは、福音をより成熟したしかたであかしできるように、聖霊のたまものによって強められます。したがって、愛の霊こそが宣教の原動力です。聖霊は、わたしたちに自分自身の殻から出て、福音を伝えに「行く」よう駆り立てます。親愛なる若者の皆さん、神の愛の力に導かれるがままに任せなさい。自分の問題や習慣に取り囲まれ、自らの世界に閉じこもる傾向を、その愛に打ち負かしてもらいなさい。他者のもとに「行き」、神と出会う道を示すために、自分の殻から「出る」勇気を持ってください。
4.すべての民を引き寄せなさい
 復活したキリストは、ご自分が救いをもたらすために来たことをすべての民にあかしするため、弟子たちを遣わしました。なぜなら、愛に満ちあふれる神は、だれも欠けることなく、すべての人が救われることを望んでおられるからです。イエスは、愛のうちに十字架上でご自分を犠牲にすることにより、すべての人が神を知り、神との愛の交わりに入る道を開きました。イエスは、地の果てまで福音の救いの知らせを伝え、あらゆる時代と場所の人々に手を差し伸べるために、弟子たちの共同体を作りました。この神の望みをわたしたちの望みとしようではありませんか。
 親愛なる友人である皆さん。目を開いて見回してください。あまりにも多くの若者が、もはや人生に何の意味も見いだせなくなっています。行きなさい。キリストは若い皆さんも必要としています。キリストの愛に、皆さん自身を捕らえ、引き寄せていただきなさい。この大いなる愛のために働きなさい。そうすれば、その愛がすべての人、とりわけ「遠く離れている」人に届くでしょう。地理的に遠くにいる人もいれば、神と無縁な生き方ゆえに離れている人もいます。福音をまだ個人的に受け入れていない人もいれば、信仰を受け入れたにもかかわらず神が存在しないかのように生きている人もいます。わたしたちの心をあらゆる人に向けて開きましょう。純真に、敬意をもって対話しましょう。その対話が真の友情のうちに行われるなら、実りがもたらされるでしょう。わたしたちが手を差し伸べるよう招かれている「民」は、他国の人ばかりではありません。家庭、共同体、勉学や労働の場、友人の集まり、自由な時間を過ごす場など、わたしたちの生活のさまざまな場にいる人々です。福音の喜ばしい告知は、例外なく、私たちの生活のあらゆる領域で行われるべきです。
 わたしは、皆さんの宣教活動がとりわけ必要とされている二つの分野に注目したいと思います。親愛なる若者の皆さん、第一に、それはソーシャル・コミュニケーション、とくにインターネットの分野です。前に申し上げたように、「通信と情報の技術を伴う新たな環境にあるこの文化に、皆さんが人生を築き上げる基となった価値観を伝えてください。……この『デジタル大陸』での宣教活動の責任を担うのはまさに、新しい通信手段にごく自然に親しんでいる若い人々です」(第43回世界広報の日教皇メッセージ、2009年5月)。これらの媒体を賢明に用いる方法を学んでください。それらにひそむ危険、とりわけ、依存性、現実と仮想の混同、インターネット上の会話が直接的な人との出会いに取って代わる危険に気づいてください。
 第二の分野は、旅行と移住です。最近、ますます多くの若者が、時に勉学や仕事のため、またある時はレジャーのために旅行しています。わたしは、何百万もの人々を巻き込む移住現象のことも考えます。その多くが若者ですが、彼らは経済的あるいは社会的理由によって他の地域や国に移住しています。ここにも、福音を分かち合うための摂理的機会を見いだすことができます。若者の皆さん、こうした状況においても、恐れずに皆さんの信仰をあかししてください。皆さんがキリストと出会う喜びを伝えれば、それは相手にとって貴重なたまものとなるのです。
5.わたしの弟子にしなさい
 皆さんはしばしば、同世代の仲間を信仰の体験に招くことに困難を感じることでしょう。ご存じのように、非常に多くの若者が、とりわけ人生のある特定の時期において、キリストを知り、福音の価値観のもとに生きることを望みながらも、自分が不適切で能力不足だと感じています。わたしたちにできることは何なのでしょうか。第一に、皆さんが彼らのかたわらにいて、あかしすることこそが、神が彼らの心に触れるすべとなります。キリストを告げ知らせることは、ことばの問題だけではなく、生活全体にかかわる、愛のしるしとして表現されるものです。わたしたちを宣教者にするのは、キリストがわたしたちの心に注ぎ込んだ愛にほかなりません。したがって、わたしたちの愛は、ますますキリストご自身の愛のようになっていかなければなりません。わたしたちは、よいサマリア人のように、出会った人に注意を払い、耳を傾け、理解し、助けるよう、つねに備えているべきです。このようにして、わたしたちは真理といのちの意味を求める人を神の家へ、希望と救いが待つ教会へと導くことができるのです(ルカ10・29−37参照)。親愛なる友人の皆さん、他者のために最初にできる愛のわざは、わたしたちの希望の源の分かち合いであることを、決して忘れないでください。もし、神のことを分かち与えないなら、与えることはほとんどありません。イエスは弟子たちに命じます。「あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい」(マタイ28・19—20)。「弟子にする」ためのおもな手だては、洗礼とカテケージスです。それは、福音を伝えている相手を、とりわけみことばと秘跡のうちに、生きておられるキリストとの出会いへと導くことを意味します。こうして、彼らはキリストを信じ、神を知り、神の恵みのうちに生きることができるようになります。わたしは、皆さん一人ひとりが、次のように自問するよう望みます。わたしは、洗礼を受けていない若者に勇気をもって洗礼を勧めたことがあるだろうか。キリスト教信仰を見つける旅に出ようとだれかを誘ったことがあるだろうか。親愛なる友人の皆さん、同世代の仲間にキリストと出会うよう勧めることを恐れないでください。聖霊の助けを願い求めてください。聖霊は、より深くキリストを知り、愛するよう皆さんを導き、福音を広めるうえで創造的になる手だてを示してくれるでしょう。
6.信仰にしっかりとどまりなさい
 福音宣教において困難に直面するとき、皆さんはおそらく、預言者エレミヤのように、こう言いたくなるでしょう。「ああ、わが主なる神よ、わたしは語ることばを知りません。わたしは若者にすぎませんから」。しかし、神も皆さんに言うでしょう。「若者にすぎないといってはならない。わたしがあなたを、だれのところへ遣わそうとも、行きなさい」(エレミヤ1・6−7)。信仰を告げ知らせ、あかしするにあたり、自分の未熟さ、無力さ、弱さを感じるたびに恐れを抱かないでください。福音宣教はわたしたちが主導するものでも、わたしたちの才能によるものでもありません。それは、神の呼びかけに対する忠実で従順な応答です。したがって、それはわたしたちの力ではなく神の力に基づいています。聖パウロは体験からこのことを知っていました。「ところで、わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な力が神のものであって、わたしたちからでたものでないことが明らかになるために」(二コリント4・7)。
 ですから、わたしは祈りと秘跡に根ざすよう皆さんにお願いします。真の福音宣教は祈りから生まれ、祈りによって支えられます。神について語れるようになるためには、まず、神と語り合わなければなりません。わたしたちは、自分が遣わされた先の人々を、祈りのうちに主にゆだね、彼らの心に触れてくださいと主により頼みます。この人々のために、わたしたちをあなたの救いの道具にしてくださいと聖霊に願います。また、あなたのことばをわたしたちの口にのぼらせ、愛のしるしにしてくださいとキリストに願います。わたしたちは、より広い観点から、全教会の宣教のために祈ります。イエスがはっきりとわたしたちに求めているとおりです。「収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい」(マタイ9・38)。皆さんの信仰生活とキリスト者としてのあかしの源を、感謝の祭儀のうちに見いだしてください。毎週、日曜日のミサと可能なときには週日のミサに必ず参加してください。ゆるしの秘跡を頻繁に受けてください。それは、愛のうちにわたしたちを受け入れ、ゆるし、心を新たにしてくださる神のいつくしみとの非常に特別な出会いです。堅信の秘跡をまだ受けていない場合は、それを受けるよう努め、注意深く、熱意をもってその備えをしてください。堅信は、感謝の祭儀と同じように、宣教の秘跡です。なぜなら、恐れずに信仰を告げ知らせるための聖霊の力と愛は、その秘跡を通してわたしたちに与えられるからです。わたしはまた、聖体礼拝を行うよう皆さんにお勧めします。聖体のうちに現存するイエスに耳を傾け、対話する時間は、宣教の熱意を新たにする源になります。
 皆さんがこのような道筋をたどるなら、みことばに完全かつ忠実に従い、誠実に勇気をもってキリストをあかしする力を、キリストご自身がお与えになるでしょう。とりわけみことばが拒絶や敵対に直面するとき、皆さんは時には、忍耐のあかしを示すよう求められます。世界のある地域には、信教の自由がないために、キリストへの信仰を公にあかしできずに苦しんでいる若者もいます。彼らの中には、教会の一員であるがゆえに、すでにそのいのちを対価として支払った者もいます。信仰にしっかりとどまり、どんな試練にあってもキリストは皆さんのかたわらにいると信じてください。イエスは皆さんにも語りかけています。「わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある」(マタイ5・11-12)。
7.全教会とともに
 親愛なる若者の皆さん。どこに遣わされても、キリスト教の信仰をしっかり伝えるためには、教会が必要です。一人で福音をあかしできる人はいません。イエスは弟子たちを一団として宣教へと派遣しました。イエスは、「わたしの弟子にしなさい」と複数の弟子に言われたのです。わたしたちはつねに、キリスト教共同体の一員としてあかしします。そして、わたしたちの宣教は、教会における一致によって実り豊かなものとなります。わたしたちが互いに愛し合い、一致するならば、それによってわたしたちがキリストの弟子であることを、皆が知るようになるのです(ヨハネ13・35参照)。キリスト教共同体、小教区、教会活動が、すばらしい福音宣教活動を行っていることを、わたしは神に感謝します。こうした福音宣教の実りは、全教会のものです。イエスが「一人が種をまき、別の人が刈り入れる」(ヨハネ4・37)といわれたとおりです。
 ここで、わたしは、地の果てまで福音を告げ知らせることに自らを完全にささげた宣教師の偉大な業績に感謝せずにはいられません。また、イエス・キリストが告げ知らされ愛されるために、自らを与え尽くしている司祭と奉献生活者についても主に感謝します。これらの召命に向けて熱意をもって歩むよう神に呼ばれている若者を、わたしはここで勇気づけたいと思います。「受けるよりは与えるほうが幸いである」(使徒言行録20・35)。イエスに従うためにすべてを捨てた人は、その百倍もの報いを受け、永遠のいのちを受け継ぐのです(マタイ19・29参照)。
 わたしは、キリストが愛され、仕えられ、神の国が広がるために、家庭や職場など、どこにいても、日常生活を宣教活動として過ごすよう最善を尽くしている信徒の皆さんにも感謝します。そして、とりわけ教育、医療、ビジネス、政治、金融、その他多くの信徒使徒職の分野で働いている皆さんに思いを寄せます。キリストは皆さんの献身とあかしを必要としています。たとえどんなに困難で、理解を得られなくても、キリストの福音を至るところで伝える意欲を失わないでください。皆さん一人ひとりが、福音宣教という大きなモザイク画の貴重な一片なのです。
8.「主よ、わたしがここにおります」
 親愛なる若者の皆さん、わたしは最後に、福音を告げ知らせなさいというイエスの呼びかけに、心の底から耳を傾けるようお願いしたいと思います。リオデジャネイロのあの大きなあがない主キリストの像が表すように、キリストの心は愛をもって人間一人ひとりに開かれ、その両腕は皆に差し伸べるために広く開かれています。皆さんもイエスの心と両腕になってください。行って、イエスの愛をあかししてください。すべての人に開かれた心と愛に駆り立てられ、新しい世代の宣教者となってください。聖フランシスコ・ザビエルを始めとする教会の数多くの偉大な宣教者の模範に倣ってください。
 ワールドユースデー・マドリード大会の終わりに、わたしは、さまざまな大陸から宣教へと向かう若者たちを祝福しました。彼らは預言者イザヤのことばに共感するすべての若者を代表していました。預言者イザヤは主にいいます。「わたしがここにおります。わたしを遣わしてください」(イザヤ6・8)。教会は皆さんを信頼し、皆さんがもたらす喜びと力に感謝します。皆さんの才能を、福音を告げ知らせるために惜しみなく発揮してください。聖霊は、宣教活動に心を開く人に注がれることをわたしたちは知っています。恐れないでください。世の救い主であるイエスは、世の終わりまで、いつもわたしたちとともにいます(マタイ28・20参照)。
 親愛なるラテンアメリカの若者の皆さん、全世界の若者に向けたこの呼びかけは、とりわけ皆さんにとって意義深いものです。2007年にアパレシーダで行われた第5回ラテンアメリカ司教総会において、司教団は「大陸における宣教」を開始しました。南アメリカにおいては、人口の大多数を占める若者が、教会と社会の重要で貴重な財産となっています。宣教の最前線に立ってください。ワールドユースデーをラテンアメリカに再び迎えようとする今、わたしは、世界中から訪れる同世代の仲間たちに信仰の情熱を伝えるよう、この大陸の若者の皆さんにお願いします。
 アパレシーダの聖母やグアダルペの聖母と呼ばれる、新しい福音宣教の星である聖母マリアが、神の愛のあかし人として宣教する皆さん一人ひとりに寄り添ってくださいますように。わたしは特別な愛情を込めて、皆さんに使徒的祝福を送ります。
バチカンにて
2012年10月18日
教皇ベネディクト十六世

(カトリック中央協議会事務局訳)




Messaggio Del Santo Padre Benedetto XVI Per La XXVIII Giornata Mondiale Della Gioventù 2013

«Andate e fate discepoli tutti i popoli!» (cfr Mt 28,19)

Cari giovani,

vorrei far giungere a tutti voi il mio saluto pieno di gioia e di affetto. Sono certo che molti di voi sono tornati dalla Giornata Mondiale della Gioventù di Madrid maggiormente «radicati e fondati in Cristo, saldi nella fede» (cfr Col 2,7). Quest’anno, nelle varie Diocesi, abbiamo celebrato la gioia di essere cristiani, ispirati dal tema: «Siate sempre lieti nel Signore!» (Fil 4,4). E ora ci stiamo preparando alla prossima Giornata Mondiale, che si celebrerà a Rio de Janeiro, in Brasile, nel luglio 2013.

Desidero anzitutto rinnovarvi l’invito a partecipare a questo importante appuntamento. La celebre statua del Cristo Redentore, che domina quella bella città brasiliana, ne sarà il simbolo eloquente: le sue braccia aperte sono il segno dell’accoglienza che il Signore riserverà a tutti coloro che verranno a Lui e il suo cuore raffigura l’immenso amore che Egli ha per ciascuno e per ciascuna di voi. Lasciatevi attrarre da Lui! Vivete questa esperienza di incontro con Cristo, insieme ai tanti altri giovani che convergeranno a Rio per il prossimo incontro mondiale! Lasciatevi amare da Lui e sarete i testimoni di cui il mondo ha bisogno.

Vi invito a prepararvi alla Giornata Mondiale di Rio de Janeiro meditando fin d’ora sul tema dell’incontro: «Andate e fate discepoli tutti i popoli!» (cfr Mt 28,19). Si tratta della grande esortazione missionaria che Cristo ha lasciato alla Chiesa intera e che rimane attuale ancora oggi, dopo duemila anni. Ora questo mandato deve risuonare con forza nel vostro cuore. L’anno di preparazione all’incontro di Rio coincide con l’Anno della fede, all’inizio del quale il Sinodo dei Vescovi ha dedicato i suoi lavori a «La nuova evangelizzazione per la trasmissione della fede cristiana». Perciò sono contento che anche voi, cari giovani, siate coinvolti in questo slancio missionario di tutta la Chiesa: far conoscere Cristo è il dono più prezioso che potete fare agli altri.

1. Una chiamata pressante

La storia ci ha mostrato quanti giovani, attraverso il dono generoso di se stessi, hanno contribuito grandemente al Regno di Dio e allo sviluppo di questo mondo, annunciando il Vangelo. Con grande entusiasmo, essi hanno portato la Buona Notizia dell’Amore di Dio manifestato in Cristo, con mezzi e possibilità ben inferiori a quelli di cui disponiamo al giorno d’oggi. Penso, per esempio, al Beato José de Anchieta, giovane gesuita spagnolo del XVI secolo, partito in missione per il Brasile quando aveva meno di vent’anni e divenuto un grande apostolo del Nuovo Mondo. Ma penso anche a quanti di voi si dedicano generosamente alla missione della Chiesa: ne ho avuto una sorprendente testimonianza alla Giornata Mondiale di Madrid, in particolare nell’incontro con i volontari.

Oggi non pochi giovani dubitano profondamente che la vita sia un bene e non vedono chiarezza nel loro cammino. Più in generale, di fronte alle difficoltà del mondo contemporaneo, molti si chiedono: io che cosa posso fare? La luce della fede illumina questa oscurità, ci fa comprendere che ogni esistenza ha un valore inestimabile, perché frutto dell’amore di Dio. Egli ama anche chi si è allontanato da Lui o lo ha dimenticato: ha pazienza e attende; anzi, ha donato il suo Figlio, morto e risorto, per liberarci radicalmente dal male. E Cristo ha inviato i suoi discepoli per portare a tutti i popoli questo annuncio gioioso di salvezza e di vita nuova.

La Chiesa, nel continuare questa missione di evangelizzazione, conta anche su di voi. Cari giovani, voi siete i primi missionari tra i vostri coetanei! Alla fine del Concilio Ecumenico Vaticano II, di cui quest’anno celebriamo il 50° anniversario, il Servo di Dio Paolo VI consegnò ai giovani e alle giovani del mondo un Messaggio che si apriva con queste parole: «È a voi, giovani uomini e donne del mondo intero, che il Concilio vuole rivolgere il suo ultimo messaggio. Perché siete voi che raccoglierete la fiaccola dalle mani dei vostri padri e vivrete nel mondo nel momento delle più gigantesche trasformazioni della sua storia. Siete voi che, raccogliendo il meglio dell’esempio e dell’insegnamento dei vostri genitori e dei vostri maestri, formerete la società di domani: voi vi salverete o perirete con essa». E concludeva con un appello: «Costruite nell’entusiasmo un mondo migliore di quello attuale!» (Messaggio ai giovani, 8 dicembre 1965).

Cari amici, questo invito è di grande attualità. Stiamo attraversando un periodo storico molto particolare: il progresso tecnico ci ha offerto possibilità inedite di interazione tra uomini e tra popolazioni, ma la globalizzazione di queste relazioni sarà positiva e farà crescere il mondo in umanità solo se sarà fondata non sul materialismo ma sull’amore, l’unica realtà capace di colmare il cuore di ciascuno e di unire le persone. Dio è amore. L’uomo che dimentica Dio è senza speranza e diventa incapace di amare il suo simile. Per questo è urgente testimoniare la presenza di Dio affinché ognuno possa sperimentarla: è in gioco la salvezza dell’umanità e la salvezza di ciascuno di noi. Chiunque comprenda questa necessità, non potrà che esclamare con san Paolo: «Guai a me se non annuncio il Vangelo!» (1 Cor 9,16).

2. Diventate discepoli di Cristo

Questa chiamata missionaria vi viene rivolta anche per un’altra ragione: è necessaria per il nostro cammino di fede personale. Il Beato Giovanni Paolo II scriveva: «La fede si rafforza donandola» (Enc. Redemptoris missio, 2). Annunciando il Vangelo voi stessi crescete nel radicarvi sempre più profondamente in Cristo, diventate cristiani maturi. L’impegno missionario è una dimensione essenziale della fede: non si è veri credenti senza evangelizzare. E l’annuncio del Vangelo non può che essere la conseguenza della gioia di avere incontrato Cristo e di aver trovato in Lui la roccia su cui costruire la propria esistenza. Impegnandovi a servire gli altri e ad annunciare loro il Vangelo, la vostra vita, spesso frammentata tra diverse attività, troverà la sua unità nel Signore, costruirete anche voi stessi, crescerete e maturerete in umanità.

Ma che cosa vuol dire essere missionari? Significa anzitutto essere discepoli di Cristo, ascoltare sempre di nuovo l’invito a seguirlo, l’invito a guardare a Lui: «Imparate da me, che sono mite e umile di cuore» (Mt 11,29). Un discepolo, in effetti, è una persona che si pone all’ascolto della Parola di Gesù (cfr Lc 10,39), riconosciuto come il Maestro che ci ha amati fino al dono della vita. Si tratta dunque, per ciascuno di voi, di lasciarsi plasmare ogni giorno dalla Parola di Dio: essa vi renderà amici del Signore Gesù e capaci di far entrare altri giovani in questa amicizia con Lui.

Vi consiglio di fare memoria dei doni ricevuti da Dio per trasmetterli a vostra volta. Imparate a rileggere la vostra storia personale, prendete coscienza anche della meravigliosa eredità delle generazioni che vi hanno preceduto: tanti credenti ci hanno trasmesso la fede con coraggio, affrontando prove e incomprensioni. Non dimentichiamolo mai: facciamo parte di una catena immensa di uomini e donne che ci hanno trasmesso la verità della fede e contano su di noi affinché altri la ricevano. L’essere missionari presuppone la conoscenza di questo patrimonio ricevuto, che è la fede della Chiesa: è necessario conoscere ciò in cui si crede, per poterlo annunciare. Come ho scritto nell’introduzione di YouCat, il Catechismo per giovani che vi ho donato all’Incontro Mondiale di Madrid, «dovete conoscere la vostra fede con la stessa precisione con cui uno specialista di informatica conosce il sistema operativo di un computer; dovete conoscerla come un musicista conosce il suo pezzo; sì, dovete essere ben più profondamente radicati nella fede della generazione dei vostri genitori, per poter resistere con forza e decisione alle sfide e alle tentazioni di questo tempo.» (Premessa).

3. Andate!

Gesù ha inviato i suoi discepoli in missione con questo mandato: «Andate in tutto il mondo e proclamate il Vangelo a ogni creatura. Chi crederà e sarà battezzato sarà salvato» (Mc 16,15-16). Evangelizzare significa portare ad altri la Buona Notizia della salvezza e questa Buona Notizia è una persona: Gesù Cristo. Quando lo incontro, quando scopro fino a che punto sono amato da Dio e salvato da Lui, nasce in me non solo il desiderio, ma la necessità di farlo conoscere ad altri. All’inizio del Vangelo di Giovanni vediamo Andrea il quale, dopo aver incontrato Gesù, si affretta a condurre da Lui suo fratello Simone (cfr 1,40-42). L’evangelizzazione parte sempre dall’incontro con il Signore Gesù: chi si è avvicinato a Lui e ha fatto esperienza del suo amore vuole subito condividere la bellezza di questo incontro e la gioia che nasce da questa amicizia. Più conosciamo Cristo, più desideriamo annunciarlo. Più parliamo con Lui, più desideriamo parlare di Lui. Più ne siamo conquistati, più desideriamo condurre gli altri a Lui.

Mediante il Battesimo, che ci genera a vita nuova, lo Spirito Santo prende dimora in noi e infiamma la nostra mente e il nostro cuore: è Lui che ci guida a conoscere Dio e ad entrare in amicizia sempre più profonda con Cristo; è lo Spirito che ci spinge a fare il bene, a servire gli altri, a donare noi stessi. Attraverso la Confermazione, poi, siamo fortificati dai suoi doni per testimoniare in modo sempre più maturo il Vangelo. È dunque lo Spirito d’amore l’anima della missione: ci spinge ad uscire da noi stessi, per «andare» ed evangelizzare. Cari giovani, lasciatevi condurre dalla forza dell’amore di Dio, lasciate che questo amore vinca la tendenza a chiudersi nel proprio mondo, nei propri problemi, nelle proprie abitudini; abbiate il coraggio di «partire» da voi stessi per «andare» verso gli altri e guidarli all’incontro con Dio.

4. Raggiungete tutti i popoli

Cristo risorto ha mandato i suoi discepoli a testimoniare la sua presenza salvifica a tutti i popoli, perché Dio nel suo amore sovrabbondante, vuole che tutti siano salvi e nessuno sia perduto. Con il sacrificio di amore della Croce, Gesù ha aperto la strada affinché ogni uomo e ogni donna possa conoscere Dio ed entrare in comunione di amore con Lui. E ha costituito una comunità di discepoli per portare l’annuncio di salvezza del Vangelo fino ai confini della terra, per raggiungere gli uomini e le donne di ogni luogo e di ogni tempo. Facciamo nostro questo desiderio di Dio!

Cari amici, volgete gli occhi e guardate intorno a voi: tanti giovani hanno perduto il senso della loro esistenza. Andate! Cristo ha bisogno anche di voi. Lasciatevi coinvolgere dal suo amore, siate strumenti di questo amore immenso, perché giunga a tutti, specialmente ai «lontani». Alcuni sono lontani geograficamente, altri invece sono lontani perché la loro cultura non lascia spazio a Dio; alcuni non hanno ancora accolto il Vangelo personalmente, altri invece, pur avendolo ricevuto, vivono come se Dio non esistesse. A tutti apriamo la porta del nostro cuore; cerchiamo di entrare in dialogo, nella semplicità e nel rispetto: questo dialogo, se vissuto in una vera amicizia, porterà frutto. I «popoli» ai quali siamo inviati non sono soltanto gli altri Paesi del mondo, ma anche i diversi ambiti di vita: le famiglie, i quartieri, gli ambienti di studio o di lavoro, i gruppi di amici e i luoghi del tempo libero. L’annuncio gioioso del Vangelo è destinato a tutti gli ambiti della nostra vita, senza alcun limite.

Vorrei sottolineare due campi in cui il vostro impegno missionario deve farsi ancora più attento. Il primo è quello delle comunicazioni sociali, in particolare il mondo di internet. Come ho già avuto modo di dirvi, cari giovani, «sentitevi impegnati ad introdurre nella cultura di questo nuovo ambiente comunicativo e informativo i valori su cui poggia la vostra vita! [...] A voi, giovani, che quasi spontaneamente vi trovate in sintonia con questi nuovi mezzi di comunicazione, spetta in particolare il compito della evangelizzazione di questo “continente digitale”» (Messaggio per la XLIII Giornata Mondiale delle Comunicazioni Sociali, 24 maggio 2009). Sappiate dunque usare con saggezza questo mezzo, considerando anche le insidie che esso contiene, in particolare il rischio della dipendenza, di confondere il mondo reale con quello virtuale, di sostituire l’incontro e il dialogo diretto con le persone con i contatti in rete.

Il secondo ambito è quello della mobilità. Oggi sono sempre più numerosi i giovani che viaggiano, sia per motivi di studio o di lavoro, sia per divertimento. Ma penso anche a tutti i movimenti migratori, con cui milioni di persone, spesso giovani, si trasferiscono e cambiano Regione o Paese per motivi economici o sociali. Anche questi fenomeni possono diventare occasioni provvidenziali per la diffusione del Vangelo. Cari giovani, non abbiate paura di testimoniare la vostra fede anche in questi contesti: è un dono prezioso per chi incontrate comunicare la gioia dell’incontro con Cristo.

5. Fate discepoli!

Penso che abbiate sperimentato più volte la difficoltà di coinvolgere i vostri coetanei nell’esperienza di fede. Spesso avrete constatato come in molti giovani, specialmente in certe fasi del cammino della vita, ci sia il desiderio di conoscere Cristo e di vivere i valori del Vangelo, ma questo sia accompagnato dal sentirsi inadeguati e incapaci. Che cosa fare? Anzitutto la vostra vicinanza e la vostra semplice testimonianza saranno un canale attraverso il quale Dio potrà toccare il loro cuore. L’annuncio di Cristo non passa solamente attraverso le parole, ma deve coinvolgere tutta la vita e tradursi in gesti di amore. L’essere evangelizzatori nasce dall’amore che Cristo ha infuso in noi; il nostro amore, quindi, deve conformarsi sempre di più al suo. Come il buon Samaritano, dobbiamo essere sempre attenti a chi incontriamo, saper ascoltare, comprendere, aiutare, per condurre chi è alla ricerca della verità e del senso della vita alla casa di Dio che è la Chiesa, dove c’è speranza e salvezza (cfr Lc 10,29-37). Cari amici, non dimenticate mai che il primo atto di amore che potete fare verso il prossimo è quello di condividere la sorgente della nostra speranza: chi non dà Dio, dà troppo poco! Ai suoi apostoli Gesù comanda: «Fate discepoli tutti i popoli, battezzandoli nel nome del Padre e del Figlio e dello Spirito Santo, insegnando loro a osservare tutto ciò che vi ho comandato» (Mt 28,19-20). I mezzi che abbiamo per «fare discepoli» sono principalmente il Battesimo e la catechesi. Ciò significa che dobbiamo condurre le persone che stiamo evangelizzando a incontrare Cristo vivente, in particolare nella sua Parola e nei Sacramenti: così potranno credere in Lui, conosceranno Dio e vivranno della sua grazia. Vorrei che ciascuno si chiedesse: ho mai avuto il coraggio di proporre il Battesimo a giovani che non l’hanno ancora ricevuto? Ho invitato qualcuno a seguire un cammino di scoperta della fede cristiana? Cari amici, non temete di proporre ai vostri coetanei l’incontro con Cristo. Invocate lo Spirito Santo: Egli vi guiderà ad entrare sempre più nella conoscenza e nell’amore di Cristo e vi renderà creativi nel trasmettere il Vangelo.

6. Saldi nella fede

Di fronte alle difficoltà della missione di evangelizzare, talvolta sarete tentati di dire come il profeta Geremia: «Ahimè, Signore Dio! Ecco, io non so parlare, perché sono giovane». Ma anche a voi Dio risponde: «Non dire: “Sono giovane”. Tu andrai da tutti coloro a cui ti manderò» (Ger 1,6-7). Quando vi sentite inadeguati, incapaci, deboli nell’annunciare e testimoniare la fede, non abbiate timore. L’evangelizzazione non è una nostra iniziativa e non dipende anzitutto dai nostri talenti, ma è una risposta fiduciosa e obbediente alla chiamata di Dio, e perciò si basa non sulla nostra forza, ma sulla sua. Lo ha sperimentato l’apostolo Paolo: «Noi abbiamo questo tesoro in vasi di creta, affinché appaia che questa straordinaria potenza appartiene a Dio, e non viene da noi» (2 Cor 4,7).

Per questo vi invito a radicarvi nella preghiera e nei Sacramenti. L’evangelizzazione autentica nasce sempre dalla preghiera ed è sostenuta da essa: dobbiamo prima parlare con Dio per poter parlare di Dio. E nella preghiera, affidiamo al Signore le persone a cui siamo inviati, supplicandolo di toccare loro il cuore; domandiamo allo Spirito Santo di renderci suoi strumenti per la loro salvezza; chiediamo a Cristo di mettere le parole sulle nostre labbra e di farci segni del suo amore. E, più in generale, preghiamo per la missione di tutta la Chiesa, secondo la richiesta esplicita di Gesù: «Pregate dunque il signore della messe, perché mandi operai nella sua messe!» (Mt 9,38). Sappiate trovare nell’Eucaristia la sorgente della vostra vita di fede e della vostra testimonianza cristiana, partecipando con fedeltà alla Messa domenicale e ogni volta che potete nella settimana. Ricorrete frequentemente al Sacramento della Riconciliazione: è un incontro prezioso con la misericordia di Dio che ci accoglie, ci perdona e rinnova i nostri cuori nella carità. E non esitate a ricevere il Sacramento della Confermazione o Cresima se non l’avete ricevuto, preparandovi con cura e impegno. Con l’Eucaristia, esso è il Sacramento della missione, perché ci dona la forza e l’amore dello Spirito Santo per professare senza paura la fede. Vi incoraggio inoltre a praticare l’adorazione eucaristica: sostare in ascolto e dialogo con Gesù presente nel Sacramento diventa punto di partenza di nuovo slancio missionario.

Se seguirete questo cammino, Cristo stesso vi donerà la capacità di essere pienamente fedeli alla sua Parola e di testimoniarlo con lealtà e coraggio. A volte sarete chiamati a dare prova di perseveranza, in particolare quando la Parola di Dio susciterà chiusure od opposizioni. In certe regioni del mondo, alcuni di voi vivono la sofferenza di non poter testimoniare pubblicamente la fede in Cristo, per mancanza di libertà religiosa. E c’è chi ha già pagato anche con la vita il prezzo della propria appartenenza alla Chiesa. Vi incoraggio a restare saldi nella fede, sicuri che Cristo è accanto a voi in ogni prova. Egli vi ripete: «Beati voi quando vi insulteranno, vi perseguiteranno e, mentendo, diranno ogni sorta di male contro di voi per causa mia. Rallegratevi ed esultate, perché grande è la vostra ricompensa nei cieli» (Mt 5,11-12).

7. Con tutta la Chiesa

Cari giovani, per restare saldi nella confessione della fede cristiana là dove siete inviati, avete bisogno della Chiesa. Nessuno può essere testimone del Vangelo da solo. Gesù ha inviato i suoi discepoli in missione insieme: «fate discepoli» è rivolto al plurale. È dunque sempre come membri della comunità cristiana che noi offriamo la nostra testimonianza, e la nostra missione è resa feconda dalla comunione che viviamo nella Chiesa: dall’unità e dall’amore che abbiamo gli uni per gli altri ci riconosceranno come discepoli di Cristo (cfr Gv 13,35). Sono grato al Signore per la preziosa opera di evangelizzazione che svolgono le nostre comunità cristiane, le nostre parrocchie, i nostri movimenti ecclesiali. I frutti di questa evangelizzazione appartengono a tutta la Chiesa: «uno semina e l’altro miete», diceva Gesù (Gv 4,37).

A tale proposito, non posso che rendere grazie per il grande dono dei missionari, che dedicano tutta la loro vita ad annunciare il Vangelo sino ai confini della terra. Allo stesso modo benedico il Signore per i sacerdoti e i consacrati, che offrono interamente se stessi affinché Gesù Cristo sia annunciato e amato. Desidero qui incoraggiare i giovani che sono chiamati da Dio, a impegnarsi con entusiasmo in queste vocazioni: «Si è più beati nel dare che nel ricevere!» (At 20,35). A coloro che lasciano tutto per seguirlo, Gesù ha promesso il centuplo e la vita eterna! (cfr Mt 19,29).

Rendo grazie anche per tutti i fedeli laici che si adoperano per vivere il loro quotidiano come missione là dove sono, in famiglia o sul lavoro, affinché Cristo sia amato e servito e cresca il Regno di Dio. Penso in particolare a quanti operano nel campo dell’educazione, della sanità, dell’impresa, della politica e dell’economia e in tanti altri ambiti dell’apostolato dei laici. Cristo ha bisogno del vostro impegno e della vostra testimonianza. Nulla - né le difficoltà, né le incomprensioni - vi faccia rinunciare a portare il Vangelo di Cristo nei luoghi in cui vi trovate: ognuno di voi è prezioso nel grande mosaico dell’evangelizzazione!

8. «Eccomi, Signore!»

In conclusione, cari giovani, vorrei invitarvi ad ascoltare nel profondo di voi stessi la chiamata di Gesù ad annunciare il suo Vangelo. Come mostra la grande statua di Cristo Redentore a Rio de Janeiro, il suo cuore è aperto all’amore verso tutti, senza distinzioni, e le sue braccia sono tese per raggiungere ciascuno. Siate voi il cuore e le braccia di Gesù! Andate a testimoniare il suo amore, siate i nuovi missionari animati dall’amore e dall’accoglienza! Seguite l’esempio dei grandi missionari della Chiesa, come san Francesco Saverio e tanti altri.

Al termine della Giornata Mondiale della Gioventù a Madrid, ho benedetto alcuni giovani di diversi continenti che partivano in missione. Essi rappresentavano i tantissimi giovani che, riecheggiando il profeta Isaia, dicono al Signore: «Eccomi, manda me!» (Is 6,8). La Chiesa ha fiducia in voi e vi è profondamente grata per la gioia e il dinamismo che portate: usate i vostri talenti con generosità al servizio dell’annuncio del Vangelo! Sappiamo che lo Spirito Santo si dona a coloro che, in umiltà di cuore, si rendono disponibili a tale annuncio. E non abbiate paura: Gesù, Salvatore del mondo, è con noi tutti i giorni, fino alla fine del mondo (cfr Mt 28,20)!

Questo appello, che rivolgo ai giovani di tutta la terra, assume un rilievo particolare per voi, cari giovani dell’America Latina! Infatti, alla V Conferenza Generale dell’Episcopato Latinoamericano che si è svolta ad Aparecida nel 2007, i Vescovi hanno lanciato una «missione continentale». E i giovani, che in quel continente costituiscono la maggioranza della popolazione, rappresentano una forza importante e preziosa per la Chiesa e per la società. Siate dunque voi i primi missionari! Ora che la Giornata Mondiale della Gioventù fa il suo ritorno in America Latina, esorto tutti i giovani del continente: trasmettete ai vostri coetanei del mondo intero l’entusiasmo della vostra fede!
La Vergine Maria, Stella della Nuova Evangelizzazione, invocata anche con i titoli di Nostra Signora di Aparecida e Nostra Signora di Guadalupe, accompagni ciascuno di voi nella sua missione di testimone dell’amore di Dio. A tutti, con particolare affetto, imparto la mia Benedizione Apostolica.

Dal Vaticano, 18 ottobre 2012

BENEDICTUS PP XVI





Mensaje Del Santo Padre Benedicto XVI Para La XXVIII Jornada Mundial De La Juventud 2013

Id y haced discípulos a todos los pueblos (cf. Mt 28,19)

Queridos jóvenes:

Quiero haceros llegar a todos un saludo lleno de alegría y afecto. Estoy seguro de que la mayoría de vosotros habéis regresado de la Jornada Mundial de la Juventud de Madrid «arraigados y edificados en Cristo, firmes en la fe» (cf. Col 2,7). En este año hemos celebrado en las diferentes diócesis la alegría de ser cristianos, inspirados por el tema: «Alegraos siempre en el Señor» (Flp 4,4). Y ahora nos estamos preparando para la próxima Jornada Mundial, que se celebrará en Río de Janeiro, en Brasil, en el mes de julio de 2013.

Quisiera renovaros ante todo mi invitación a que participéis en esta importante cita. La célebre estatua del Cristo Redentor, que domina aquella hermosa ciudad brasileña, será su símbolo elocuente. Sus brazos abiertos son el signo de la acogida que el Señor regala a cuantos acuden a él, y su corazón representa el inmenso amor que tiene por cada uno de vosotros. ¡Dejaos atraer por él! ¡Vivid esta experiencia del encuentro con Cristo, junto a tantos otros jóvenes que se reunirán en Río para el próximo encuentro mundial! Dejaos amar por él y seréis los testigos que el mundo tanto necesita.

Os invito a que os preparéis a la Jornada Mundial de Río de Janeiro meditando desde ahora sobre el tema del encuentro: Id y haced discípulos a todos los pueblos (cf. Mt 28,19). Se trata de la gran exhortación misionera que Cristo dejó a toda la Iglesia y que sigue siendo actual también hoy, dos mil años después. Esta llamada misionera tiene que resonar ahora con fuerza en vuestros corazones. El año de preparación para el encuentro de Río coincide con el Año de la Fe, al comienzo del cual el Sínodo de los Obispos ha dedicado sus trabajos a «La nueva evangelización para la transmisión de la fe cristiana». Por ello, queridos jóvenes, me alegro que también vosotros os impliquéis en este impulso misionero de toda la Iglesia: dar a conocer a Cristo, que es el don más precioso que podéis dar a los demás.

1. Una llamada apremiante

La historia nos ha mostrado cuántos jóvenes, por medio del generoso don de sí mismos y anunciando el Evangelio, han contribuido enormemente al Reino de Dios y al desarrollo de este mundo. Con gran entusiasmo, han llevado la Buena Nueva del Amor de Dios, que se ha manifestado en Cristo, con medios y posibilidades muy inferiores con respecto a los que disponemos hoy. Pienso, por ejemplo, en el beato José de Anchieta, joven jesuita español del siglo XVI, que partió a las misiones en Brasil cuando tenía menos de veinte años y se convirtió en un gran apóstol del Nuevo Mundo. Pero pienso también en los que os dedicáis generosamente a la misión de la Iglesia. De ello obtuve un sorprendente testimonio en la Jornada Mundial de Madrid, sobre todo en el encuentro con los voluntarios.

Hay muchos jóvenes hoy que dudan profundamente de que la vida sea un don y no ven con claridad su camino. Ante las dificultades del mundo contemporáneo, muchos se preguntan con frecuencia: ¿Qué puedo hacer? La luz de la fe ilumina esta oscuridad, nos hace comprender que cada existencia tiene un valor inestimable, porque es fruto del amor de Dios. Él ama también a quien se ha alejado de él; tiene paciencia y espera, es más, él ha entregado a su Hijo, muerto y resucitado, para que nos libere radicalmente del mal. Y Cristo ha enviado a sus discípulos para que lleven a todos los pueblos este gozoso anuncio de salvación y de vida nueva.

En su misión de evangelización, la Iglesia cuenta con vosotros. Queridos jóvenes: Vosotros sois los primeros misioneros entre los jóvenes. Al final del Concilio Vaticano II, cuyo 50º aniversario estamos celebrando en este año, el siervo de Dios Pablo VI entregó a los jóvenes del mundo un Mensaje que empezaba con estas palabras: «A vosotros, los jóvenes de uno y otro sexo del mundo entero, el Concilio quiere dirigir su último mensaje. Pues sois vosotros los que vais a recoger la antorcha de manos de vuestros mayores y a vivir en el mundo en el momento de las más gigantescas transformaciones de su historia. Sois vosotros quienes, recogiendo lo mejor del ejemplo y las enseñanzas de vuestros padres y maestros, vais a formar la sociedad de mañana; os salvaréis o pereceréis con ella». Concluía con una llamada: «¡Construid con entusiasmo un mundo mejor que el de vuestros mayores!» (Mensaje a los Jóvenes, 8 de diciembre de 1965).

Queridos jóvenes, esta invitación es de gran actualidad. Estamos atravesando un período histórico muy particular. El progreso técnico nos ha ofrecido posibilidades inauditas de interacción entre los hombres y la población, mas la globalización de estas relaciones sólo será positiva y hará crecer el mundo en humanidad si se basa no en el materialismo sino en el amor, que es la única realidad capaz de colmar el corazón de cada uno y de unir a las personas. Dios es amor. El hombre que se olvida de Dios se queda sin esperanza y es incapaz de amar a su semejante. Por ello, es urgente testimoniar la presencia de Dios, para que cada uno la pueda experimentar. La salvación de la humanidad y la salvación de cada uno de nosotros están en juego. Quien comprenda esta necesidad, sólo podrá exclamar con Pablo: «¡Ay de mí si no anuncio el Evangelio!» (1Co 9,16).

2. Sed discípulos de Cristo

Esta llamada misionera se os dirige también por otra razón: Es necesaria para vuestro camino de fe personal. El beato Juan Pablo II escribió: «La fe se refuerza dándola» (Enc. Redemptoris Missio, 2). Al anunciar el Evangelio vosotros mismos crecéis arraigándoos cada vez más profundamente en Cristo, os convertís en cristianos maduros. El compromiso misionero es una dimensión esencial de la fe; no se puede ser un verdadero creyente si no se evangeliza. El anuncio del Evangelio no puede ser más que la consecuencia de la alegría de haber encontrado en Cristo la roca sobre la que construir la propia existencia. Esforzándoos en servir a los demás y en anunciarles el Evangelio, vuestra vida, a menudo dispersa en diversas actividades, encontrará su unidad en el Señor, os construiréis también vosotros mismos, creceréis y maduraréis en humanidad.

¿Qué significa ser misioneros? Significa ante todo ser discípulos de Cristo, escuchar una y otra vez la invitación a seguirle, la invitación a mirarle: «Aprended de mí, que soy manso y humilde de corazón» (Mt 11,29). Un discípulo es, de hecho, una persona que se pone a la escucha de la palabra de Jesús (cf. Lc 10,39), al que se reconoce como el buen Maestro que nos ha amado hasta dar la vida. Por ello, se trata de que cada uno de vosotros se deje plasmar cada día por la Palabra de Dios; ésta os hará amigos del Señor Jesucristo, capaces de incorporar a otros jóvenes en esta amistad con él.

Os aconsejo que hagáis memoria de los dones recibidos de Dios para transmitirlos a su vez. Aprended a leer vuestra historia personal, tomad también conciencia de la maravillosa herencia de las generaciones que os han precedido: Numerosos creyentes nos han transmitido la fe con valentía, enfrentándose a pruebas e incomprensiones. No olvidemos nunca que formamos parte de una enorme cadena de hombres y mujeres que nos han transmitido la verdad de la fe y que cuentan con nosotros para que otros la reciban. El ser misioneros presupone el conocimiento de este patrimonio recibido, que es la fe de la Iglesia. Es necesario conocer aquello en lo que se cree, para poder anunciarlo. Como escribí en la introducción de YouCat, el catecismo para jóvenes que os regalé en el Encuentro Mundial de Madrid, «tenéis que conocer vuestra fe de forma tan precisa como un especialista en informática conoce el sistema operativo de su ordenador, como un buen músico conoce su pieza musical. Sí, tenéis que estar más profundamente enraizados en la fe que la generación de vuestros padres, para poder enfrentaros a los retos y tentaciones de este tiempo con fuerza y decisión» (Prólogo).

3. Id

Jesús envió a sus discípulos en misión con este encargo: «Id al mundo entero y proclamad el Evangelio a toda la creación. El que crea y sea bautizado se salvará» (Mc 16,15-16). Evangelizar significa llevar a los demás la Buena Nueva de la salvación y esta Buena Nueva es una persona: Jesucristo. Cuando le encuentro, cuando descubro hasta qué punto soy amado por Dios y salvado por él, nace en mí no sólo el deseo, sino la necesidad de darlo a conocer a otros. Al principio del Evangelio de Juan vemos a Andrés que, después de haber encontrado a Jesús, se da prisa para llevarle a su hermano Simón (cf. Jn 1,40-42). La evangelización parte siempre del encuentro con Cristo, el Señor. Quien se ha acercado a él y ha hecho la experiencia de su amor, quiere compartir en seguida la belleza de este encuentro que nace de esta amistad. Cuanto más conocemos a Cristo, más deseamos anunciarlo. Cuanto más hablamos con él, más deseamos hablar de él. Cuanto más nos hemos dejado conquistar, más deseamos llevar a otros hacia él.

Por medio del bautismo, que nos hace nacer a una vida nueva, el Espíritu Santo se establece en nosotros e inflama nuestra mente y nuestro corazón. Es él quien nos guía a conocer a Dios y a entablar una amistad cada vez más profunda con Cristo; es el Espíritu quien nos impulsa a hacer el bien, a servir a los demás, a entregarnos. Mediante la confirmación somos fortalecidos por sus dones para testimoniar el Evangelio con más madurez cada vez. El alma de la misión es el Espíritu de amor, que nos empuja a salir de nosotros mismos, para «ir» y evangelizar. Queridos jóvenes, dejaos conducir por la fuerza del amor de Dios, dejad que este amor venza la tendencia a encerrarse en el propio mundo, en los propios problemas, en las propias costumbres. Tened el valor de «salir» de vosotros mismos hacia los demás y guiarlos hasta el encuentro con Dios.

4. Llegad a todos los pueblos

Cristo resucitado envió a sus discípulos a testimoniar su presencia salvadora a todos los pueblos, porque Dios, en su amor sobreabundante, quiere que todos se salven y que nadie se pierda. Con el sacrificio de amor de la Cruz, Jesús abrió el camino para que cada hombre y cada mujer puedan conocer a Dios y entrar en comunión de amor con él. Él constituyó una comunidad de discípulos para llevar el anuncio de salvación del Evangelio hasta los confines de la tierra, para llegar a los hombres y mujeres de cada lugar y de todo tiempo.¡Hagamos nuestro este deseo de Jesús!

Queridos amigos, abrid los ojos y mirad en torno a vosotros. Hay muchos jóvenes que han perdido el sentido de su existencia. ¡Id! Cristo también os necesita. Dejaos llevar por su amor, sed instrumentos de este amor inmenso, para que llegue a todos, especialmente a los que están «lejos». Algunos están lejos geográficamente, mientras que otros están lejos porque su cultura no deja espacio a Dios; algunos aún no han acogido personalmente el Evangelio, otros, en cambio, a pesar de haberlo recibido, viven como si Dios no existiese. Abramos a todos las puertas de nuestro corazón; intentemos entrar en diálogo con ellos, con sencillez y respeto mutuo. Este diálogo, si es vivido con verdadera amistad, dará fruto. Los «pueblos» a los que hemos sido enviados no son sólo los demás países del mundo, sino también los diferentes ámbitos de la vida: las familias, los barrios, los ambientes de estudio o trabajo, los grupos de amigos y los lugares de ocio. El anuncio gozoso del Evangelio está destinado a todos los ambientes de nuestra vida, sin exclusión.

Quisiera subrayar dos campos en los que debéis vivir con especial atención vuestro compromiso misionero. El primero es el de las comunicaciones sociales, en particular el mundo de Internet. Queridos jóvenes, como ya os dije en otra ocasión, «sentíos comprometidos a sembrar en la cultura de este nuevo ambiente comunicativo e informativo los valores sobre los que se apoya vuestra vida. […] A vosotros, jóvenes, que casi espontáneamente os sentís en sintonía con estos nuevos medios de comunicación, os corresponde de manera particular la tarea de evangelizar este “continente digital”» (Mensaje para la XLIII Jornada Mundial de las Comunicaciones Sociales, 24 mayo 2009). Por ello, sabed usar con sabiduría este medio, considerando también las insidias que contiene, en particular el riesgo de la dependencia, de confundir el mundo real con el virtual, de sustituir el encuentro y el diálogo directo con las personas con los contactos en la red.

El segundo ámbito es el de la movilidad. Hoy son cada vez más numerosos los jóvenes que viajan, tanto por motivos de estudio, trabajo o diversión. Pero pienso también en todos los movimientos migratorios, con los que millones de personas, a menudo jóvenes, se trasladan y cambian de región o país por motivos económicos o sociales. También estos fenómenos pueden convertirse en ocasiones providenciales para la difusión del Evangelio. Queridos jóvenes, no tengáis miedo en testimoniar vuestra fe también en estos contextos; comunicar la alegría del encuentro con Cristo es un don precioso para aquellos con los que os encontráis.

5. Haced discípulos

Pienso que a menudo habéis experimentado la dificultad de que vuestros coetáneos participen en la experiencia de la fe. A menudo habréis constatado cómo en muchos jóvenes, especialmente en ciertas fases del camino de la vida, está el deseo de conocer a Cristo y vivir los valores del Evangelio, pero no se sienten idóneos y capaces. ¿Qué se puede hacer? Sobre todo, con vuestra cercanía y vuestro sencillo testimonio abrís una brecha a través de la cual Dios puede tocar sus corazones. El anuncio de Cristo no consiste sólo en palabras, sino que debe implicar toda la vida y traducirse en gestos de amor. Es el amor que Cristo ha infundido en nosotros el que nos hace evangelizadores; nuestro amor debe conformarse cada vez más con el suyo. Como el buen samaritano, debemos tratar con atención a los que encontramos, debemos saber escuchar, comprender y ayudar, para poder guiar a quien busca la verdad y el sentido de la vida hacia la casa de Dios, que es la Iglesia, donde se encuentra la esperanza y la salvación (cf. Lc 10,29-37). Queridos amigos, nunca olvidéis que el primer acto de amor que podéis hacer hacia el prójimo es el de compartir la fuente de nuestra esperanza: Quien no da a Dios, da muy poco. Jesús ordena a sus apóstoles: «Haced discípulos a todos los pueblos, bautizándolos en el nombre del Padre y del Hijo y del Espíritu Santo; enseñándoles a guardar todo lo que os he mandado» (Mt 28,19-20). Los medios que tenemos para «hacer discípulos» son principalmente el bautismo y la catequesis. Esto significa que debemos conducir a las personas que estamos evangelizando para que encuentren a Cristo vivo, en modo particular en su Palabra y en los sacramentos. De este modo podrán creer en él, conocerán a Dios y vivirán de su gracia. Quisiera que cada uno se preguntase: ¿He tenido alguna vez el valor de proponer el bautismo a los jóvenes que aún no lo han recibido? ¿He invitado a alguien a seguir un camino para descubrir la fe cristiana? Queridos amigos, no tengáis miedo de proponer a vuestros coetáneos el encuentro con Cristo. Invocad al Espíritu Santo: Él os guiará para poder entrar cada vez más en el conocimiento y el amor de Cristo y os hará creativos para transmitir el Evangelio.

6. Firmes en la fe

Ante las dificultades de la misión de evangelizar, a veces tendréis la tentación de decir como el profeta Jeremías: «¡Ay, Señor, Dios mío! Mira que no sé hablar, que sólo soy un niño». Pero Dios también os contesta: «No digas que eres niño, pues irás adonde yo te envíe y dirás lo que yo te ordene» (Jr 1,6-7). Cuando os sintáis ineptos, incapaces y débiles para anunciar y testimoniar la fe, no temáis. La evangelización no es una iniciativa nuestra que dependa sobre todo de nuestros talentos, sino que es una respuesta confiada y obediente a la llamada de Dios, y por ello no se basa en nuestra fuerza, sino en la suya. Esto lo experimentó el apóstol Pablo: «Llevamos este tesoro en vasijas de barro, para que se vea que una fuerza tan extraordinaria es de Dios y no proviene de nosotros» (2Co 4,7).

Por ello os invito a que os arraiguéis en la oración y en los sacramentos. La evangelización auténtica nace siempre de la oración y está sostenida por ella. Primero tenemos que hablar con Dios para poder hablar de Dios. En la oración le encomendamos al Señor las personas a las que hemos sido enviados y le suplicamos que les toque el corazón; pedimos al Espíritu Santo que nos haga sus instrumentos para la salvación de ellos; pedimos a Cristo que ponga las palabras en nuestros labios y nos haga ser signos de su amor. En modo más general, pedimos por la misión de toda la Iglesia, según la petición explícita de Jesús: «Rogad, pues, al Señor de la mies que mande trabajadores a su mies» (Mt 9,38). Sabed encontrar en la eucaristía la fuente de vuestra vida de fe y de vuestro testimonio cristiano, participando con fidelidad en la misa dominical y cada vez que podáis durante la semana. Acudid frecuentemente al sacramento de la reconciliación, que es un encuentro precioso con la misericordia de Dios que nos acoge, nos perdona y renueva nuestros corazones en la caridad. No dudéis en recibir el sacramento de la confirmación, si aún no lo habéis recibido, preparándoos con esmero y solicitud. Es, junto con la eucaristía, el sacramento de la misión por excelencia, que nos da la fuerza y el amor del Espíritu Santo para profesar la fe sin miedo. Os aliento también a que hagáis adoración eucarística; detenerse en la escucha y el diálogo con Jesús presente en el sacramento es el punto de partida de un nuevo impulso misionero.

Si seguís por este camino, Cristo mismo os dará la capacidad de ser plenamente fieles a su Palabra y de testimoniarlo con lealtad y valor. A veces seréis llamados a demostrar vuestra perseverancia, en particular cuando la Palabra de Dios suscite oposición o cerrazón. En ciertas regiones del mundo, por la falta de libertad religiosa, algunos de vosotros sufrís por no poder dar testimonio de la propia fe en Cristo. Hay quien ya ha pagado con la vida el precio de su pertenencia a la Iglesia. Os animo a que permanezcáis firmes en la fe, seguros de que Cristo está a vuestro lado en esta prueba. Él os repite: «Bienaventurados vosotros cuando os insulten y os persigan y os calumnien de cualquier modo por mi causa. Alegraos y regocijaos, porque vuestra recompensa será grande en el cielo» (Mt 5,11-12).

7. Con toda la Iglesia

Queridos jóvenes, para permanecer firmes en la confesión de la fe cristiana allí donde habéis sido enviados, necesitáis a la Iglesia. Nadie puede ser testigo del Evangelio en solitario. Jesús envió a sus discípulos a la misión en grupos: «Haced discípulos» está puesto en plural. Por tanto, nosotros siempre damos testimonio en cuanto miembros de la comunidad cristiana; nuestra misión es fecundada por la comunión que vivimos en la Iglesia, y gracias a esa unidad y ese amor recíproco nos reconocerán como discípulos de Cristo (cf. Jn 13,35). Doy gracias a Dios por la preciosa obra de evangelización que realizan nuestras comunidades cristianas, nuestras parroquias y nuestros movimientos eclesiales. Los frutos de esta evangelización pertenecen a toda la Iglesia: «Uno siembra y otro siega» (Jn 4,37).

En este sentido, quiero dar gracias por el gran don de los misioneros, que dedican toda su vida a anunciar el Evangelio hasta los confines de la tierra. Asimismo, doy gracias al Señor por los sacerdotes y consagrados, que se entregan totalmente para que Jesucristo sea anunciado y amado. Deseo alentar aquí a los jóvenes que son llamados por Dios, a que se comprometan con entusiasmo en estas vocaciones: «Hay más dicha en dar que en recibir» (Hch 20,35). A los que dejan todo para seguirlo, Jesús ha prometido el ciento por uno y la vida eterna (cf. Mt 19,29).

También doy gracias por todos los fieles laicos que allí donde se encuentran, en familia o en el trabajo, se esmeran en vivir su vida cotidiana como una misión, para que Cristo sea amado y servido y para que crezca el Reino de Dios. Pienso, en particular, en todos los que trabajan en el campo de la educación, la sanidad, la empresa, la política y la economía y en tantos ambientes del apostolado seglar. Cristo necesita vuestro compromiso y vuestro testimonio. Que nada –ni las dificultades, ni las incomprensiones– os hagan renunciar a llevar el Evangelio de Cristo a los lugares donde os encontréis; cada uno de vosotros es valioso en el gran mosaico de la evangelización.

8. «Aquí estoy, Señor»

Queridos jóvenes, al concluir quisiera invitaros a que escuchéis en lo profundo de vosotros mismos la llamada de Jesús a anunciar su Evangelio. Como muestra la gran estatua de Cristo Redentor en Río de Janeiro, su corazón está abierto para amar a todos, sin distinción, y sus brazos están extendidos para abrazar a todos. Sed vosotros el corazón y los brazos de Jesús. Id a dar testimonio de su amor, sed los nuevos misioneros animados por el amor y la acogida. Seguid el ejemplo de los grandes misioneros de la Iglesia, como san Francisco Javier y tantos otros.

Al final de la Jornada Mundial de la Juventud en Madrid, bendije a algunos jóvenes de diversos continentes que partían en misión. Ellos representaban a tantos jóvenes que, siguiendo al profeta Isaías, dicen al Señor: «Aquí estoy, mándame» (Is 6,8). La Iglesia confía en vosotros y os agradece sinceramente el dinamismo que le dais. Usad vuestros talentos con generosidad al servicio del anuncio del Evangelio. Sabemos que el Espíritu Santo se regala a los que, en pobreza de corazón, se ponen a disposición de tal anuncio. No tengáis miedo. Jesús, Salvador del mundo, está con nosotros todos los días, hasta el fin del mundo (cf. Mt 28,20).

Esta llamada, que dirijo a los jóvenes de todo el mundo, asume una particular relevancia para vosotros, queridos jóvenes de América Latina. En la V Conferencia General del Episcopado Latinoamericano, que tuvo lugar en Aparecida en 2007, los obispos lanzaron una «misión continental». Los jóvenes, que en aquel continente constituyen la mayoría de la población, representan un potencial importante y valioso para la Iglesia y la sociedad. Sed vosotros los primeros misioneros. Ahora que la Jornada Mundial de la Juventud regresa a América Latina, exhorto a todos los jóvenes del continente: Transmitid a vuestros coetáneos del mundo entero el entusiasmo de vuestra fe.

Que la Virgen María, Estrella de la Nueva Evangelización, invocada también con las advocaciones de Nuestra Señora de Aparecida y Nuestra Señora de Guadalupe, os acompañe en vuestra misión de testigos del amor de Dios. A todos imparto, con particular afecto, mi Bendición Apostólica.

Vaticano, 18 de octubre de 2012

BENEDICTUS PP. XVI